森のうなぎのこと

森のうなぎのこと

鰻が森と食卓をつなげる

鰻を中山間地域で育てるメリットは多くありません。 それでも西粟倉村という場所で養殖に挑戦しているのは、林業と水産業をつなげて “循環”させていくことを目指しているからです。

岡山県北東部に位置する西粟倉村。約1,400人が住む村で、村の面積の約 93% を森林が占めています。エーゼロ株式会社・代表取締役の牧大介は、2009 年に株式会社西粟倉・森の学校を設立し、間伐材で製品をつくり、森から価値を生み出す流れをつくってきました。

この活動を通して、「地域全体に多様な価値が眠っているなか、木材や木材製品を売るだけでいいのだろうか。農業、林業、水産業という枠を超えて、自然資本として価値をつなげていかなければならないのでは」という考えが強くなっていきました。

鰻を育てる水温をキープするための燃料に、捨てられている木くずを活用できると考えたことが、鰻の養殖に取り組むきっかけとなりました。

鰻の養殖では、水を約30 度に温め、キープする必要があります。そのため、灯油に加えて、西粟倉村の林業で大量に出る木くずを燃料として使用しています。
ひと口に木クズといっても、サイズは様々なので全てが適しているわけではありません。さらに、とても重たく、運搬するだけでも大変な労力がかかります。それゆえにこれまで廃棄されてきたのですが、養鰻の存在によって価値を作ることができます。鰻が林業と水産業の架け橋になってくれているのです。
養鰻用の木質バイオマスボイラーの様子
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森のうなぎが養殖用プールの中で泳いでいる様子
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「森のうなぎ」らしく鰻を育てる

木を燃料として使うこと以外にも「森のうなぎ」らしさはあります。

ひとつめは、稚魚。
「森のうなぎ」は、ヒネ・スソと呼ばれる”成長の遅かった鰻”から育てています。

鰻の成長速度は、一尾ごとにバラバラです。一年で大きく太る鰻もいれば、鉛筆のように細いままの鰻もいます。成長が遅いとコストが増えるため、養鰻場としては大きな負担です。

森のうなぎは、その成長の遅い鰻を他養鰻場から仕入れて育てた鰻です。効率の良い方法ではありません。ですがヒネ・スソと呼ばれる個体でも、餌を食べ健康であれば大きく育つことができます。最後まであきらめずに育てきる方法を日々模索しています。

廃校になった小学校の体育館を再利用して作られた鰻の養殖場
廃校になった小学校の体育館を再利用して作られた鰻の養殖場

ふたつめは、水。
養殖場の水には、源流部の澄んだ地下水を使用しています。また水槽で使用された後も、ろ過装置できれいにしてから水槽に戻しているため、常時ぐるぐると循環しています。閉鎖循環式養殖といい、利用する水量を大きく減らすと同時に、汚れた水を河川などになるべく捨てない仕組みです。

加えて、この水を活用し、敷地内にあるビニールハウスで果物や野菜の栽培をしています。餌カスやフンなどで汚れた水は、植物にとっては栄養たっぷりの水なのです。

こうした巡りのなかで、林業・水産業・農業のつながりや循環を生んでいます。 この循環を生むことも「森のうなぎ」らしさのひとつです。

拠点である岡山県西粟倉村は県の三大河川の最上流部に位置する
拠点である岡山県西粟倉村は県の三大河川の最上流部に位置する

なぜ閉鎖循環式なのか

養殖といっても方法は様々で、日本では海上養殖が多いです。内陸で行われる養殖は、陸上養殖と呼ばれ、鰻以外にはヒラメ・トラフグなどが養殖されています。

陸上養殖も「掛け流し式」「閉鎖循環式」の2つに大別され、水の利用方法が異なります。「掛け流し式」は使用した水を海や川に流しますが、「閉鎖循環式」は、ろ過して水を再利用します。

「森のうなぎ」を養殖する西粟倉村は、岡山県三大河川である吉井川の源流部にあたります。この土地で養殖する養殖業者として「水を必要以上に使わない・捨てない」ことは大事なことであると考えています。

また、「水温を維持する(熱を無駄にしない)」という意味でも相性が良い方法です。温めた水に、冷たい地下水を注水すると水温が下がるため、燃料使用量が増大します。注水を減らすことは、燃料使用量を減らすことにもつながっています。


閉鎖循環式養殖を実現させるためのろ過装置
閉鎖循環式養殖を実現させるためのろ過装置

<図説>思い描く地域資源の循環による生産システム

エーゼロ自然資本事業部が目指す、「森のうなぎ」を中心とした、森林からはじまる地域資源の循環を活かす生産システムです。このシステムによって、農林水産業の新しい組合せによる事業の実現に挑戦しています。
実現に至っていないものも含まれていますが、それぞれの取り組みについて、イメージ図と共に解説します。


1.西粟倉村の土地の約 93 %を占める森林から木材や水などの資源が生まれる 。
2.株式会社西粟倉・森の学校で、森から伐り出された木を使った 製品の開発・製造・販売に取り組む。
3.木材として使えない木屑や端材が出る。
4.おが粉は、きのこをの育成の菌床に利用が可能。
5.木屑や端材・使い終わった割り箸などをバイオマスボイラーの燃料として活用。
6.森のうなぎが育つ適正温度は約 30 度。バイオマスボイラーが生み出す熱を、水温調節に利用。
7.廃校になった小学校の体育館を養殖場として再利用。

8.水槽の水をきれいに保つために、水は常時、水槽と濾過槽を循環。
9.砂や蠣殻を敷き詰めたろ過槽の中に水を通し、微生物の働きによって水が浄化される。
10.浄化された水は排水されることなく水槽に戻り、森のうなぎを育てるために再利用。
11.浄化された水には、植物にとって栄養になる成分が多く含まれているため、農業にも活用。
12.畑で育った作物の食べられない部分は、水槽から取り除いた泥と合わせて畑の肥やしにする。
13.これらの活動は、廃校となった旧影石小学校を拠点として実施。



エーゼロ自然資本事業部が目指す地域資源の循環による生産システム
エーゼロ自然資本事業部が目指す地域資源の循環による生産システム

そもそも、なぜ「鰻の養殖」なのか

人と鰻の良い関係とは?

鰻は川の小魚や虫などを食べる肉食の生きもので、水中の食物連鎖では頂点にいます。多くの鰻が生息する川は、えさがたくさんある豊かな川だといえます。

川がその状態を保つには、川の生きものへ栄養を供給できる豊かな森林が必要不可欠です。「鰻がどれくらいいるか」で、川や森の豊かさが測れるといっても過言ではありません。鰻は、生態系や日本の自然を考える上でとても重要な存在です。

鰻の養殖は、天然の稚魚を捕獲・育成し販売する事業です。そこにあえて参入していくことにしたのは、人間の活動によって生態系が劣化していっている現状を、中に入ることで少しでも変えていけるかもしれないという思いがあるからです。人と鰻の良い関係を再構築するためには鰻をどう育てて提供するのがいいか。林業と水産業をつなげて “循環”させていくことを目指しながら、模索を続けていきたいと考えています。

かつては天然の鰻が多くみられた西粟倉村の川
かつては天然の鰻が多くみられた西粟倉村の川

ニホンウナギを育てる

日本で食べられている鰻は数種類います。昔から食べられてきたニホンウナギ、東南アジアに生息するビカーラ、最大2mにもなるオオウナギ(マルモラータ)などです。

「森のうなぎ」は当初、ニホンウナギを養殖するための許可を持っていなかったため、ビカーラ種という日本に生息しない鰻の養殖からスタートしました。

しかし、自分たちの住むこの国の鰻資源・河川・文化と向き合っていくためにも、ビカーラではなくニホンウナギを養殖したいという思いがありました。ビカーラを育てながら養殖のいろはを学び、2018年には念願のニホンウナギ養殖許可を譲っていただくことができました。現在では、ニホンウナギのみ養殖しています。

エーゼロ自然資本事業部が養殖しているニホンウナギ
エーゼロ自然資本事業部が養殖しているニホンウナギ

人とニホンウナギの持続可能な関係づくりについて

ニホンウナギは、数の減少が危惧されており、絶滅危惧IBに指定されています。私たちは、資源対策をしながらも事業が成り立つ事を示し、鰻業界に新たなビジネスモデルを提案したいと思っています。

まず、国際標準である「ASC養殖場認証」の考え方をベースに、現状の課題を洗い出しました。「ASC養殖場認証」は魚種ごとに基準が策定されていますが、ニホンウナギの基準は未策定のため、他魚種の基準を参考に作成された独自基準を元に、第3者審査を受けました。その結果、持続可能な漁業からの稚魚の調達、餌原料の情報などが重要課題と分かりました。これらの解決のために、様々な関係者と一緒に取り組みを進めたいと思います。

また、2018年6月には、放流試験を行いました。全国の河川では、漁業法で定められた「増殖義務」の履行として、大量のウナギが放流されています。しかし、資源量回復に対する効果は明確にされていません。養殖環境で育ったウナギは野生復帰がなかなか出来ないようです。海外の研究では、月齢の若いウナギは放流後の生存率が高かったとされています。私たちは、2018年6月に標識を付けた若いウナギを放流し、追跡試験を行いました。あいにく、2018年7月に西日本を襲った豪雨の影響で、試験結果は分かりづらくなってしまいましたが、2019年の夏にもモニタリング調査を行っています。

鰻の資源管理には、稚魚のトレーサビリティーの確保や、河川環境の回復など様々なチャレンジがあります。将来的には、流域ごとに資源量が正しく把握され、持続可能な養殖尾数を明らかにする事が必要だと考えています。

エーゼロ株式会社は小さな養鰻業者ですが、人とニホンウナギの持続可能な関係づくりのため、社会のテコになれたらと願っています。


放流試験をした鰻の追跡調査の様子
放流試験をした鰻の追跡調査の様子
追跡調査票の印(ピットタグ)を埋め込む作業
追跡調査票の印(ピットタグ)を埋め込む作業

「森のうなぎ」のウラ話

きれいな話が続きましたが、事業立ち上げの現場は試行錯誤と苦労の連続でした。 鰻が餌を食べない。鰻の食味や香りが良くない。雪の降る中、大量の木クズを運搬しなくてはならない。ポンプや配管トラブルもありました。 「もうアカン…」と挫けそうになったことが何度もあります。

それでも、工夫を重ねました。地域の方、先輩、仲間たちが一緒に悩んでくれました。鰻専門店や同業の養鰻業者の方々からたくさんの励ましやアドバイスをいただきました。

「森のうなぎ」は、着実に育ち、自信を持ってお届けできる商品に成長しました。 蒲焼きの美味しさはもちろんのこと、裏側にあるストーリーや想いも含めて味わっていただけますとこの上ない喜びです。


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